村田沙耶香さんの芥川賞受賞作品「コンビニ人間」を読んだとき、私は胸が締め付けられるような感覚を覚えました。自閉症スペクトラム障害の息子を持つ母親として、主人公の古倉恵子の生き方や思考パターンに、あまりにも多くの共通点を見つけてしまったからです。
この作品は単なる小説として読むだけでなく、発達障害のある人たちが抱える生きづらさや、「普通」を求める社会への鋭い問いかけが込められています。家族の立場から感じたリアルな思いを、率直にお伝えしたいと思います。
家族の立場から見た「コンビニ人間」の衝撃
「コンビニ人間」を初めて読んだのは、息子が高校を卒業して就職活動に悩んでいた時期でした。主人公の恵子が18年間コンビニでアルバイトを続け、それ以外の生き方を想像できずにいる姿に、私は息子の将来への不安と重なるものを感じました。
特に衝撃的だったのは、恵子が「普通」の人を観察して、その行動パターンを真似しようとする場面です。「これ、うちの子と全く同じ」と思わず声に出してしまいました。息子も幼い頃から、クラスメートの行動を詳細に観察し、どうすれば「みんなと同じ」になれるかを必死に学ぼうとしていたからです。
恵子が結婚や恋愛について周囲から質問されるたびに困惑する様子も、息子が「なぜ友達を作らないの?」「将来何になりたいの?」と聞かれて固まってしまう姿と重なりました。善意で投げかけられる言葉が、時として当事者にとっては大きなプレッシャーになることを、この作品は見事に描き出しています。
主人公・恵子の特徴と我が家の日常の共通点
ルーティンへの強いこだわり
恵子がコンビニでの業務を機械的に、しかし完璧にこなす姿は、息子の日常そのものでした。息子も決まった時間に起き、決まった順序で支度を整え、同じ道を通って学校に行くことで安定を保っていました。
ある日、息子に「なぜ毎日同じことをするの?」と聞いたことがあります。すると彼は「同じだと安心する。変わると頭がぐちゃぐちゃになる」と答えました。恵子がコンビニのマニュアルに従って行動することで心の平穏を保っている理由が、その時初めて理解できました。
「普通」を演じることの疲労感
恵子が職場以外の場面で人とのコミュニケーションに疲れ果てる描写は、息子の学校生活での様子と重なります。息子は学校では「普通の生徒」を演じるために相当なエネルギーを使い、家に帰ると完全に燃え尽きたような状態になることがよくありました。
「学校楽しい?」という何気ない質問に、「楽しいって言えばいいんだよね」と返してきた時の息子の表情は、今でも忘れられません。本当の気持ちを表現することの難しさ、期待される答えを返すことの負担を痛感しました。
感覚過敏と環境への適応
恵子が特定の音や光に敏感に反応する場面は、息子の感覚過敏とまさに同じでした。息子は蛍光灯のちらつきや人混みの騒音に耐えられず、外出先で突然パニックになることがありました。周囲の人には理解されにくい反応でしたが、本人にとっては本当に辛いものなのです。
コンビニという環境が恵子にとって心地よい理由の一つは、照明や音響が一定で、予測可能な環境だからではないでしょうか。息子も図書館や博物館など、静かで規則正しい環境を好みます。

家族として感じる「コンビニ」という職場の意味
恵子がコンビニで18年間働き続けられた理由を考えると、この職場環境の特徴が自閉症スペクトラム障害の人にとって非常に適していることがわかります。
明確なルールがある環境の安心感
コンビニには接客から商品管理まで、すべて明確なマニュアルがあります。「この場面ではこう対応する」というルールが決まっていることで、恵子は安心して働けたのでしょう。息子も学校では時間割があることで一日の流れを把握でき、安定した気持ちで過ごせていました。
マニュアル化された業務の適性
自閉症スペクトラム障害の人は、創意工夫を求められるよりも、決められた手順を正確に実行することを得意とする場合が多いです。恵子がレジ業務や品出しを完璧にこなす姿は、息子がパソコンのデータ入力作業を集中して取り組む姿と重なります。
お客様との定型的なやり取りの安全性
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」といった定型的な接客用語は、自由な会話よりもずっと楽です。息子も決まった挨拶や返事は得意でしたが、雑談や冗談を交えた会話は苦手でした。コンビニの接客は、そうした特性に適した環境だったのです。
実際、息子も現在、マニュアルのしっかりした職場で働いており、上司からは「正確で丁寧な仕事をする」と評価されています。恵子と同じように、適切な環境があれば能力を発揮できるのです。
作品で描かれなかった家族の視点
「コンビニ人間」は恵子の視点で描かれているため、家族の心境については詳しく描かれていません。しかし、家族の立場として、きっと恵子の両親や親族も私たちと同じような思いを抱えていたのではないでしょうか。
家族が抱える不安と悩み
「この子の将来はどうなるのだろう」という不安は、自閉症の子を持つ家族なら誰もが感じることです。恵子の家族も、彼女が結婚もせず、正社員にもならず、ずっとコンビニでアルバイトを続けることに心配を感じていたに違いありません。
私自身、息子の就職が決まるまでは夜も眠れないほど心配でした。「普通の人生」を歩めない息子に対して、申し訳ない気持ちと、それでも息子らしく生きてほしいという複雑な思いを抱えていました。
「普通」を求めるプレッシャーの実態
親戚の集まりで「就職は?」「結婚は?」と聞かれるたびに、家族も辛い思いをします。善意の質問だとわかっていても、答えに困ってしまうのです。恵子の家族も、周囲からの期待や視線にプレッシャーを感じていたはずです。
本人の幸せと社会の期待のギャップ
恵子はコンビニで働くことに満足していましたが、社会や家族の期待とは異なっていました。本人が幸せならそれでいいと頭では理解していても、親としては「もっと上を目指してほしい」という気持ちも抱いてしまいます。このジレンマは、多くの家族が抱える共通の悩みです。
「普通じゃない」ことへの社会の目線〜リアルな体験から
息子が自閉症スペクトラム障害の診断を受けてから、社会の偏見や無理解を実感する場面が数多くありました。恵子が作品中で感じていたであろう生きづらさを、家族として間近で見てきました。
実際に受けた心ない言葉や視線
「見た目は普通なのに、なぜできないの?」「甘えているだけじゃない?」といった言葉を何度も聞きました。特に息子の特性を理解してもらおうと説明した時に、「障害を言い訳にしている」と言われた時は、本当に悔しい思いをしました。
恵子も周囲から「変わっている」と言われることがありましたが、それは決して悪いことではないのです。ただ、多数派とは異なる特性を持っているだけなのです。
就職活動での困難
息子の就職活動は困難を極めました。面接で緊張しすぎて言葉が出なくなったり、志望動機を型通りに答えられなかったりしました。恵子がコンビニ以外の職場を想像できなかったように、息子も選択肢が限られていると感じていました。
しかし、最終的に理解のある職場に出会えたときは、本当に救われた思いでした。環境次第で、自閉症スペクトラム障害の人も十分に力を発揮できるのです。
カミングアウトの難しさ
息子の特性について周囲に説明するかどうか、いつも悩みます。理解してもらえれば配慮を得られますが、偏見を持たれるリスクもあります。恵子の家族も、同じような悩みを抱えていたのではないでしょうか。
この作品が家族に与えた希望と気づき
「コンビニ人間」を読んで、家族として多くの気づきを得ました。この作品は、私たちに新たな視点と希望を与えてくれました。
「普通」でなくても価値ある存在だという再認識
恵子が最終的にコンビニに戻ることを選ぶ結末は、一見すると成長がないように見えるかもしれません。しかし、私にはそれが「自分らしい生き方を選ぶ勇気」に見えました。息子にも「普通」を目指すのではなく、自分らしい道を歩んでほしいと心から思いました。
本人らしい生き方の肯定
息子が「僕はコンビニで働きたい」と言った時、以前なら「もっと良い仕事があるでしょ」と答えていたかもしれません。しかし、この作品を読んだ後は、「それも素晴らしい選択だね」と言えるようになりました。大切なのは本人が納得できる人生を送ることだと気づいたのです。
家族としての支援の在り方の見直し
息子を「普通」にしようと必死になっていた自分を反省しました。本当に必要な支援は、息子が息子らしく生きられる環境を整えることだったのです。恵子の家族も、きっと同じような気づきを得られたのではないでしょうか。
同じ立場の家族へのメッセージ
自閉症スペクトラム障害の家族を持つ皆さんに、この作品を通じて感じたことをお伝えしたいと思います。
一人じゃないということ
恵子のような特性を持つ人は決して珍しくありません。あなたの家族も、私の息子も、恵子も、それぞれ違いはあっても共通する部分がたくさんあります。同じような悩みを抱える家族がたくさんいることを忘れないでください。
完璧な支援者でなくてもいい
私も息子にとって完璧な母親ではありません。時には理解できずに衝突することもあります。それでも、息子のことを愛し、支えようとする気持ちがあれば十分です。完璧を目指さず、一緒に成長していけばいいのです。
本人のペースを大切にすること
恵子が18年かけてコンビニで自分の居場所を見つけたように、それぞれに必要な時間があります。周囲と比較せず、本人のペースを尊重することが大切です。焦らず、長い目で見守りましょう。
家族自身のケアの重要性
支援に疲れてしまうことは決して恥ずかしいことではありません。家族自身が心身ともに健康でいることが、長期的な支援につながります。時には休息を取り、自分自身も大切にしてください。
社会に求めたいこと〜家族の願い
「コンビニ人間」を読んで、社会に対する願いも強くなりました。自閉症スペクトラム障害の人やその家族が、より生きやすい社会になることを心から望んでいます。
多様性を認める職場環境
恵子のように、適切な環境があれば力を発揮できる人はたくさんいます。企業には、画一的な人材ではなく、多様な特性を持つ人材を受け入れる柔軟性を求めたいと思います。息子の職場のように、個人の特性を理解し、活かしてくれる環境が増えることを願っています。
理解ある人との出会いの場
恵子がコンビニで理解ある同僚に出会えたように、自閉症スペクトラム障害の人にも理解者との出会いが必要です。地域のサポートグループや趣味のサークルなど、安心して過ごせる場所が増えることを望みます。
偏見のない社会づくり
「普通」の枠にはまらない人への偏見をなくすことが重要です。メディアや教育現場で、発達障害についての正しい理解を広めることが必要です。息子のような特性を持つ人が、堂々と自分らしく生きられる社会を作りたいと思います。
家族も含めた支援体制
当事者だけでなく、家族への支援も充実させてほしいと思います。相談できる場所、情報を得られる場所、同じ悩みを持つ家族と交流できる場所が必要です。孤立しがちな家族にとって、こうした支援はとても大切です。
まとめ〜「コンビニ人間」が教えてくれたこと
村田沙耶香さんの「コンビニ人間」は、自閉症スペクトラム障害の息子を持つ私に、多くの大切なことを教えてくれました。
家族として学んだ大切なこと
「普通」という概念の曖昧さ、本人らしい生き方の価値、支援の在り方について深く考えさせられました。息子を変えようとするのではなく、息子が生きやすい環境を一緒に探すことが本当の支援だと気づきました。
自閉症の人の豊かな内面世界
恵子の丁寧で真摯な思考過程を読んで、自閉症スペクトラム障害の人の内面の豊かさを再認識しました。表面的には理解しにくい行動も、本人なりの理由や感情があることを忘れてはいけません。
みんな違ってみんないいという真実
この作品は、多様性の本当の意味を教えてくれました。恵子のような生き方も、私たちのような生き方も、それぞれに価値があります。息子には息子の人生があり、それを尊重することが大切だと学びました。
読者へのエール
もし今、自閉症スペクトラム障害の家族のことで悩んでいる方がいらっしゃるなら、ぜひ「コンビニ人間」を読んでみてください。きっと新たな視点や希望を見つけられるはずです。そして、あなたの家族もあなた自身も、そのままで価値ある存在だということを忘れないでください。
私たちの社会には、まだまだ改善すべき点がたくさんあります。しかし、一人ひとりが理解を深め、多様性を受け入れることで、必ず変わっていけると信じています。恵子のような人も、息子のような人も、安心して自分らしく生きられる社会を、みんなで作っていきましょう。
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